"このブログは以下のアドレスに移転しました"
http://aomatsunoriaki.com

2007年01月29日

一瞬の勇気

 そういえば、今から半年前なんてプールに入ることもなかったボクが、なぜか今グアムの海に潜っている。

 そう、40歳を目前にしたボクは、突然思い立ってフィットネススクールに入会したのであった。
 起立した自分の下に見えるはずの足が見えない。何重にも取り囲んだ脂肪が視界を塞いでいるのであった。足の爪を切ろうにも、腹が邪魔をして足の指に届かない。
 慢性的に肩は凝っているし、全ての筋肉には柔軟性も何もない。

 世の中はダイエットブームだが、ダイエットと禁煙だけは成功したという人を見たことがない。
 ボクは、ダイエットではなく、老後の健康維持を目的に、年を取ってもできるスポーツを30代のうちにやろうと思ったのである。
 それからというもの、フィットネスクラブのプールに毎日行くようになった。
 他にも様々なスポーツができる施設があるものの、とにかく基礎体力のないボクは、25メータープールで端から端まで泳ぐだけで疲れ果てていた。。。 
 しかし、不思議なことに、一週間も経つと、20年間も使われていなかった筋肉が徐々にではあるが動きを始め、100メーターでもばてなくなってきた。そして、バテ始めるのが、200メーター、500メーターと日増しに遅くなるのである。
 
 毎日プールに通っていると、クラブのインストラクターの西尾という色黒の青年が、「ダイビングやりませんか?」と声を掛けてきた。
 「いくらなんでも、この脂肪だらけの体と、今の体力では。。。」
 ボクが口篭っていると、西尾は、
 「そんな体力万全の人なんてそうはいませんよ、特にこのようなフィットネスクラブでは。みんな体力がないからやってくるのです。還暦を過ぎた方々でも始めてますよ」
 とアッサリと言い放った。
 確かにそうである。
 「了解しました。早速教室に出てみます」
 と、ボクは、思わず答えてしまった。


 まだ20台半ばの頃、付き合っていた同じ年の女性が、毎日会社に行くだけの生活に疲れ始め、突然週末にバンジージャンプに行き始めたことがある。
 一種のストレス発散なのだろうが、いかんせんボクは極度の高所恐怖症であった。いつも彼女の飛ぶところを見ているだけであった。
 そのうち、彼女は、突然「ダイビングのライセンスを取る」と言って南の島に行ってしまったのである。
 といっても、数日で帰ってきたのだが、帰ってきた彼女は人が変わったかのように明るくなり、彼女の見た南海の魚の話などをした挙句に、ボクにも「ライセンスを取れ」と言う。
 高いところの次に水が苦手なボクは、笑ってごまかしてはいたのだが、結局、時間があれば空から飛び、そして海に潜る彼女と、陸にしか住めないボクには、埋められない溝ができてしまったのであった。

 今ボクにダイビングを勧める西尾と当時の我々は同じくらいの年であろう。
 彼は、「自分は海が好きだからこの会社に入った」と言って、毎日生き生きと仕事をしている。
 あの頃の、ボクはどうだったのだろうか?
 好きだったのかどうかも判らない仕事をしながら、ただ時間を消費していただけに過ぎない。
 その後、彼女は勤めていた会社を辞め、どこかの島に渡っていったという話を風の噂で聞いたことがある。噂は噂を呼び、その島でインストラクターをやっているとか、ダイビングに来た男とできてしまったがその男には妻子があったとか、、、いろいろな噂が舞い込んできた。
 そして、ボクは、相も変わらず満員の通勤電車で押しつぶされて15年以上もの月日を再び消費したのであった。


 ボクは、マスクとシュノーケルとフィンだけを付けるスキンダイビング教室に足繁く通うようになった。
 ある日、西尾に会うと、「いつからダイビングを始めるのですか?」と聞いてくる。
 ボクは既にダイビングを始めているつもりだったのだが、西尾は、「それはスキンダイビングでしょう。。。 私の言っているのはスキューバーダイビングです。タンクを背負って潜るのです」と言う。
 「それは、スキンダイビングができないとできないのでは。。。」
 「いや、、、その、いきなりスキューバーダイビングで良いのです。。。」
 西尾もボクの無知ぶりに呆れ返っていたようではあるものの、そこは仕事なので、そういう素振りも見せず、「プールで待っています」と言って去っていった。

 それから、ボクの潜水訓練が始まったのである。
 フィットネスクラブでは普通の(浅い)プールを使ったスキンダイビングの初級クラスと、深度4メーターのプールを使ったスキンダイビングの中級クラスがある。
 実は、「スキューバーダイビングはスキンダイビングの先にあるもの」と思っていたボクではあるが、そもそもスキンダイビングですら4メーターにビビッて初級クラスしか出ていないのであった。
 行き掛かり上、スキューバーダイビングのクラスに申し込んでしまったボクは、有無を言わさず4メータープールにぶち込まれることになった。
 空気を背中に背負いレギュレーター(タンクから出た空気を吸うための口に加える装置)を口に加えていても怖いものは怖い。。。
 水深2メーターくらいの地点で息苦しくなってくる。タンクから空気が供給されているにも関わらず、、、である。
 しかし、ボクの不思議なのは、一度なんとか到達してしまうと、「なんだこれくらいのもの」といきなり態度がでかくなのである。
 一度4メーターの底まで行ってしまうと、なんのこれしき、ともう態度がでかくなっている。

 あの頃、彼女が90メーターのバンジージャンプ台を目の前にして、「とにかく一度飛んでみれば、、、」と言っていたことが今になって思い出される。多分、一度意を決して飛んでいれば、そのあとは飛びまくっていたに違いない。
 そして、彼女が、「海も、一度潜ってあの魚たちを見たら止められない」と言っていたことも頭の中を駆け巡る。
 一瞬の勇気がないために彼女を失ったのかもしれない。

 ボクの潜水訓練は順調に進んだ。
 ダイビングでは、水中でのコミュニケーションのために手信号が決められている。
 「(タンク内の)空気が少ない」ときは胸を叩く仕草をしたり、「空気がなくなってしまう」と首を切る仕草をしたりするのである。
 その様子が妙に滑稽なので、徐々に水にも深さにも余裕が出てきたボクは、焼肉屋でも「肉が少ない」ときには胸を叩き、「肉がない」ときには首を切る仕草をしたりするくらい絶好調であった。
 もっとも、インストラクターは、水の中でも掛ける紙とペンを使って、字を書いてコミュニケーションすることの方が多いようだが。
 ちなみに、空気がなくなってしまったときは、バディ・ブリージングといって、一緒に潜る人の残っている酸素を使って交代交代に空気を吸いながら水面まで浮上することになる。
 この練習の前日に餃子を大量に食ったボクは、プールの底で自分の加えていたレギュレーターを西尾に渡すのを一瞬躊躇したために西尾が酸欠になりそうになってしまった。。。


 西尾が言う。
 「実は、最後のテストである海洋実習はもう日本ではできないのです。海外でも問題ないですか」
 もう12月。確かに海は寒そうである。
 「どこでも問題ないです。ニューカレドニアでも行けるのでしょうか」と冗談を言うと、西尾は「グアムです。ニューカレドニアは新婚旅行にでも取っておいてください」と逆にかまされてしまった。

 数日後、ボクはグアムに到着した。
 西尾は、「プールの通りできれば問題ないです」とは言っていたのだが、普段とは違うインストラクターに底の深い海。。。
 「現地にはうちの会社のスタッフがいますし、みんなグアムのスピードで生きているので、優しくやってくれますから。。。」とも言っていたが、ホンマかいな。。。

 西尾の言うとおり、グアムのスタッフは人の良さそうな日本人男性二人であった。
 もう一人女性もいるそうだが、基本的には実習ではなく、観光で潜りに来た人の相手をしているようである。
 「観光で潜りに来た人は、女性ガイドの方を喜んでくれるので、、、わっはっは。。。」と、スタッフの一人の藤岡が屈託のない笑顔で言い放った。
 藤岡に連れられたボクは、真っ青、いや真っ水色の信じられないほどきれいなビーチで海洋実習を行った。グアムの観光名所である恋人岬の突き出している岬がすぐそこに見えている。
 初日の項目は比較的簡単な内容だったので、なんなくクリアした。
 それでも、海から上がったときの全身の疲れは強烈であった。

 二日目の朝ホテルまで迎えに来てくれた藤岡が、「今日は担当が変わります」と言いながら前日と同じビーチまで車で送ってくれた。
 ビーチでインストラクターと会ったボクの目は文字通り点になった。
 そこには、南の島に去っていったはずの栄子がいたのである。いや、もっとも、ここは南の島ではあるが。。。
 とはいえ、ビジネスマンを長くやってきたボクは、長年の経験から驚きを簡単には表さないようにした。
 「こんにちは。よろしくお願いします」と当たり障りのない挨拶をすると、栄子はこちらの意も介さず、「あなたが、海に潜るなんてね。。。」と昔と変わらず、少し意地悪いモノの言い方をした。
 藤岡が、「お知り合いなんですか?」と聞くので、「少しは、、、」と言い掛けたボクを制するように、栄子が「名前を聞いて、ひょっとしたらと思って担当を変わってもらったの。でも本当に知り合いだったようね。。。」と相変わらず、奥歯にモノが挟まったような言い方をしていた。

 藤岡が去ったあと、一応インストラクターの指示に従い、二日目の海に入った。
 潜る前のブリーフィングで、栄子は、「ちゃんとプールでの実習全てやったの?」と聞くので、「もちろん」と答えると、彼女はさらに「あなたがシッティング・バックロール・エントリーなんてできるとは思わないけど。。。」と、再び意地の悪いモノの言い方をした。
 シッティング・バックロール・エントリーとは、ボートの上から、後ろ向きに(つまり背負ったタンクから真っ逆さまに)回転しながら海に着水する入水方法である。プールでは、プールサイドの手すりにお尻を乗せそのまま真っ逆さまに転落する練習をしてきた。というよりも、実際には怖くてできなかった。。。
 まさに栄子の言うとおりである。
 「あなたが『もちろん』というときは、全てハッタリなのよ、昔から。。。」
 「。。。。。。」

 とりあえず、「水中器材脱着」という、水底でタンクを外してもう一度付けるという技術の試験を無事に終了した。
 最後に、インストラクターと一緒にもう少し水深の深い海に潜って、実際のダイビングに近いことをするというのが締めくくりである。
 沖に出るまでの間、ボクは、栄子の後ろを必死になって付いていった。
 しかし、いくら泳いでも数メートル先にいる栄子には追いつけない。
 栄子は、ロープを取り出しボクに握らせた。
 栄子に引っ張られてなんとか魚がいっぱいいるポイントに辿り着いた。
 「うわっ」
 映像でした見たことがないようなきれいな魚が縦横無尽に動き回っている。
 気分は浦島太郎であった。本当に、このあと陸に戻ったら年を取っているのではないか、、、と危惧したくらいである。ふと上を見ると、既に水深20メーターくらいかと思ったらすぐそこに水面が見えている。
 栄子が、紙とペンを取り出して何か書いている。
 「若い頃に、この魚を見てほしかった。。。」
 
 この場合にコミュニケーションを取るための手信号なんて習っていない。
 「空気が少ない」と胸を叩くわけにはいかない。
 とりあえず、親指と人差し指で丸を作って、「OK」というくらいしかできない。
 すると、栄子が突然、「空気がなくなってしまう」と首を切る仕草を始めた。
 「おいおい、ホンマかいな。。。 ホンマにないのか、これもテストなのか?」と思いながら、習ったとおり、一度「待て」と手信号を送り、残圧計でこちらのタンクの中の空気の量を確認し、栄子の横まで近付きお互いの肩を抱き合ったあと、まず自分で空気を大きく吸って、自分のレギュレーターを栄子に近付けた。
 栄子は、何を思ったのか、レギュレーターをつかまずに、ボクの口に唇を合わせて、空気を吸い始めた。
 空気を横取りされたボクが窒息しそうになっていると、栄子はボクをさらに強く抱きかかえて水面まで浮上したのであった。
 必死に地上の空気を吸っていると、栄子の唇が再び近付いてきた。二人のマスクが激しくぶつかった。


posted by ぱんちょ at 12:39| Comment(0) | TrackBack(0) | ぱんちょな恋愛エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。